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DEAR カール・ニールセン
 〜デンマークに魅せられて〜 4 (「ショパン」 2001年2月号)

 
デンマークの人々


ニールセンの交響曲

デンマーク。
サッカーとハンドボールとビールの国。世界に冠たるブルノンヴィル・バレエとデンマーク・ロイヤルバレエ団、夏の開幕チボリ公園、湖上に冴えるイーエスコウ城、そして、時を忘れるレゴランド──。

「カール・ニールセンの交響曲発見」

最近、新聞の見出しにでかでかとそうあったもので、「さては幻の第7交響曲でも……」と読んでみると、そういうわけではなかった。だが貴重な発見には違いない。

ニールセンは6つの交響曲を作曲したが、ことはその中のひとつ、「交響曲第3番『シンフォニア・エスパンシーバ』」に関してである。1910〜11年に作曲されたこの曲の、作曲家自身の手による<最終清書スコア>は、ドイツで印刷予定のためデンマークを離れた。が、その後第2次世界大戦が勃発。デンマークの音楽研究者たちの間では、長いことずっと、戦争のため「なくなった」と思われていたのだった。その、<最終清書スコア>が見つかったのである。それは1977年まで、他のドイツ版スコアと共にライプツィヒの地下室にひっそりと眠り、その後、ライプツィヒ郊外にある公文書保管所に移されていた──。

なぜ今になって──というと、あるデンマーク人マーラー研究者が、ニールセン研究者と会話中に、「15年前、ドイツの公文書保管所で<それ>を見た」と話したのがことのきっかけである。彼は他の用事でそこを訪れた際、たまたまそれを目にしたのだった。その後、カール・ニールセン・エディションにそのことを報告したというが、エディション側は「聞いた覚えはない」とのこと。そのあたりはナゾだが、とにかく今回ニールセン研究者の報告を受けて、さっそくエディションのリーダーがライプツィヒに飛び、スコアのマイクロフィルムを入手。こまかいチェックはこれからだそうだが、「おそらく、大きな変更はないだろう」とのことである。
風情ある雨の小道

風情ある雨の小道。



ゆったり、のんびりのデンマーク人


さて。前回デンマークの気候、天候と長い冬について触れたが、そんな環境の中、人々はどうかというと──。

さぞかし眉間に縦ジワの、青白ーい暗ーい顔をしていると思いきや、案外皆にこにことしている。他の北欧諸国から来た人々は、「あれは仮面だ」と言う。「うわっつらばかりよくて、本心では何を考えているのかわからない」と。東欧南欧諸国から来た人々は、ホスピタリティと友情意識の薄さをあげ、一様に「彼らは冷たい」と言う。他には「深みがない」「口だけ」「金好き」「頭が××い」等々……その国に暮らす外国人というのは、どうしても辛辣になってしまうようだ。

たしかに、人々はあまり感情を表にあらわさない。特に悪感情がそうである。以前私は彼らの<怒り>について、リサーチを試みたことがある。というのも、「なぜ、今怒らないのだ!?」という現場にたびたび遭遇したからだが、その答えは「怒りを感じないから」が圧倒的、他には「怒ってはいるが、それを表に出すのははばかられるから」「どう出したらよいかわからないから」等であった。要するに、感情の起伏の激しい爆発気質、多血質系の人が、あまり見受けられないのである。

社会福祉制度が行き届き、税金は高いが、それゆえに大学も病院も無料、貧富の差なくすべての人を公平に、平等に──人々はゆったり、のんびりとリラックス、従って競争意識もあまりない。まるでこの世の天国、あまりに恵まれた環境では、爆発気質はおろかハングリー精神だの、コンプレックスに裏打ちされた強烈な個性だのは育ちにくかろう。「野望や大志を抱くことは、あまりよいこととみなされない風潮があるように思う」とはデンマーク人の言である。中には「これではマズい」と思っている若者もいる。彼らは、このまま<草をはむ羊>になる前に、他の国に行ってもまれてこようか(?)、と旅立ってゆくことになる。

草をはむ羊──。だが、どんな恵まれた環境の中でも、人間である以上悩みや不満はある。恵まれた環境であるがゆえの無気力、生きるハリのなさもそこにつけ加わる。その場合、人々は不満を爆発させたり、友人にグチってうさを晴らしたりするよりも、ひっそりと内に抱えこむタイプが多いようだ。その上毎年やってくる<ノーベンバー・ディプレッション>──しだいに寒さが増し、日が短く、暗くなってゆく11月は危険な季節、人々も暗く沈みこみ、<うつ>におちいりやすい。デンマークは非常に自殺率の高い国である。

人々は、互いを皆、ファーストネームで呼び合う。友人も先生も社長もそうである。肩書きはあってないようなもの。昔は目上の人に対して「あなた」の敬称「De」を用いたそうであるが、今は(もしそんな機会があれば)女王様に使えば充分だそうで、皆が皆「du」である。そういえば人々が<あだ名>を使わないことに、最初ちょっと驚いたものだった。時間に正確なことと、ルールにきちんと従うことにも驚いた。車はともかく、自転車はきちんと右側通行、曲がるときには手信号、暗くなったら前は白、後ろは赤のライトをつける。自転車にライトはついていないので、これら2つのライトを常に持ち運び、取りつけるのである(無灯火は罰金)。ひとりぐらい「右は左だ!」「黄色は青だ!」というタイプの人がいないものかなあと思って見ても、皆きちんと守っている。

「Hygge」(ヒュゲ)という言葉を、人々はよく使う。心地よく、気楽で、くつろいだ、といった意味合いだが、正確なところは「英語等に訳せない、デンマークならではの言葉」なのだそうだ。たとえるなら、あまり広くない部屋で仲間と共にろうそくを囲み、何をするでもなくにこにこと、互いの顔を見回し、笑い合い、たわいもない話に花を咲かす──ような感じかなあ、と、照れつつも一生懸命語ってくれた友人に、私は思わずしみじみほのぼの、「なるほどなあ……」と思ったのだった。
小雨降るオーデンセ川

小雨降るオーデンセ川。




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