ピアニスト 高梨智子 ホームページ
Home Profile T-Room CD/Music Press Blog Link Contact Sitemap
Home > T-Room > DEAR カール・ニールセン 3



DEAR カール・ニールセン
 〜デンマークに魅せられて〜 3 (「ショパン」 2001年1月号)

 
デンマークの生活


長い冬

デンマーク。
ロイヤル・コペンハーゲンとジョージ・ジェンセンと自転車の国。変わりやすい天気、どんよりと重い空、からっ風吹きすさぶ、四季があるのかないのかわからぬ国──。

といってもむろん四季はあるのだが、10月中頃からコートにブーツに手袋着用である。ブーツはすでに9月からはいていたように思う。そのうち帽子も必要になり、コートは厚手のものへと変わり、いよいよ冬がやってくるわけだが、さしも冬好きの私も、これで来年の3月4月までこのままか、と思うと気が重くなる。1年の半分以上を同じような恰好をして過ごすので、どうしても季節感に乏しくなるのは否めない。今年の夏は<夏>と呼べたしろものではなかった。夏物は一度も着ずじまい、1週間ほどよい天気が続いたと思ったら、あとは雨が降ったり寒かったり……。数年前の7月8月はカーッと暑かったものなのに。この、年によってあたりはずれがあるのがなんともつらい。太陽がきらいでも家の中からその光をながめるだけで、やはり気分が違うものなのだ。

デンマークは、気温的にはそれほど寒い国ではない。マイナスになるのも数えるほどで、フィンランド人の友人は、「なんてあったかいんだ。これではせっかく持ってきた革のコートが着られない」とよくボヤいている。室内は北国らしく、各部屋にラジエーターが取りつけられているので、冬でもTシャツ1枚で過ごせる快適さ。窓は二重ガラスなのですき間風もない。外へ出るときはそれなりに着こんで行くから、長時間外にいない限りはどうということもない。だがしかし──。

耐えられないのはこの風と雨。山がないので雪はあまり降らない。降っても粉雪が舞う程度だが、山がなく、遮るものがないのをいいことに吹きすさぶからっ風には閉口せざるをえない。そして、まったく予測のつかぬ、通り魔のような雨──これも、量自体は大したことはないのだが、こちらをあざ笑うかのように晴れては降り、曇っては降りをくり返されると相当に気が滅入る。デンマーク人の友人は、このサディスティックな風雨よりも、「暗い時間が長い」のがたまらないと言う。夏は夜の11時頃まで明るいが、冬ともなると、夕方4時頃から朝の9時頃まで闇の中。朝から自転車のライトをつけなくてはならない。ちなみにデンマークには、白夜はないのである。
オーデンセでもっとも古いベーカリーのひとつ<クラフト>。ライ麦パン(黒パン)で有名

オーデンセでもっとも古いベーカリーのひとつ<クラフト>。ライ麦パン(黒パン)で有名。



物価は高い? 安い?


さて。物価が高いことで有名な北欧諸国だが、デンマークで「これは高すぎる!」と思うのは自転車とタバコである。タバコ(1箱約400円)は嗜好品なので仕方ないとしても、生活必需品である自転車が、新品1台4、5万円からというのには驚いた。値段のせいもあり、また新品を買ってもすぐ盗まれるので、たいての人はオークションなどで中古自転車を買う。それでも約7千円──そしてそのオンボロ自転車でも、やはり盗まれてしまう。腹は立つがわからぬでもない。

反対に安いと思われるのは家賃で、ひとりないし複数とキッチン、バスルーム共同でかまわなければ、2万円以下で住める。寮も同様で、ほとんどの学生は親もとを離れ、この形態で暮らしている。

音楽会のチケットも、日本と比べたら断然安い。地元のオーケストラの演奏会で、一番よい席が2000円くらい、次いで1200円、700円の席がある。さらに安い学生料金というのが、たしか300円くらいであったように思うが──記憶がさだかでないのは、私はデンマークに来てこのかたチケットを買った覚えがないためで、それはほとんどの生徒が同じではなかろうか。音楽院の生徒は、たいてい自分の先生か知人の誰かがオーケストラ団員であるので、その人々からフリーチケットを1、2枚もらえるのだ。そうすると、あまりツテのなかろう声楽の生徒も含めて、ほとんどの生徒が空席におさまることができる。オーケストラやオペラのチケットはもらうもの、なのである。

その<予約>を忘れた場合、あるいはチケット売り切れ、2度聴きたいなどの場合は、コンサート当日昼頃からのゲネプロ(最後のリハーサル)に足を運ぶ。大物演奏家が来て満席が予想される際には整理券が配られるが、いずれの場合も無料である。オペラのゲネプロは初日の前日等におこなわれ、こちらは衣装も何もかも本番さながら、常に満席である。この、ほぼ毎週あるオーケストラコンサート。シーズンのいくつかのコンサートを組み合わせた<シリーズ・チケット>というのもある。これはさらにお得に割引されていて、たとえば<白いシリーズ>というのを買うと、A席1万円、B席7千円で7つのコンサートが聴ける。この通し券を買うのは、やや年配の人々が多いようだ。

さて、北欧諸国の嘆きのみなもと、酒類はどうであろうか。種類にもよるが、平均したら日本と同じくらい、ということは、北欧諸国の中でもっとも手頃な値段なので、おとなりスウェーデンやノルウェーからは、酒好きの人々が買いだめ・飲みだめ旅行にやって来る。『ハムレット』の舞台、クロンボー城に行ったときのこと。町の通りを大声で歌いながら、よろめき歩いている一団を何度も見かけた。「あれはみんなスウェーデン人だ。なんとはずかしい」と、一緒にいたスウェーデン人の友人がいまいましそうに言った。町のすぐ対岸はスウェーデン。その距離わずか5キロとあれば無理もなかろう。週末ごとに来る人もいるそうだ。

デンマークの酒好きの人々はどうかというと、大型カバンや荷車と共にドイツ行きフェリーに乗りこむ。フェリーの中はすでにしてタックス・フリーの世界。着いたら着いたで、むろん待っているのは親類知人と買いだめ飲みだめ──帰りのフェリーはその荷物、人々、共になかなかの見物である。
オーデンセ郊外

オーデンセ郊外。




←[2]   [4]→




TopT-Room Top
Home Profile T-Room CD/Music Press Blog Link Contact Sitemap