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DEAR カール・ニールセン
 〜デンマークに魅せられて〜 1 (「ショパン」 2000年10月号)

 
カール・ニールセン音楽院に留学


ニールセンに出会った!

デンマーク。
ハムとチーズとアンデルセンの国。女王様の治める国。心やさしい金髪碧眼の人々が住まう国──。

きっかけは1本のラジオ番組だった。今から10年ほど前になろうか。当時、私は朝の目覚ましがわりにラジオの音楽放送を使っていたのだが、その日ばかりはいっぺんに目が覚めた。印象的なホルンのイントロから始まり、壮大なパノラマを経て、ふたたび遠ざかってゆく角笛──。10分ほどのオーケストラ曲だった。調べてみると、タイトルは『ヘリオス序曲』、作曲──カール・ニールセン(1865〜1931)。

すぐさま楽譜屋へ走り、この作曲家のピアノ曲をあるだけ買いこんだ。初めて弾いた『シャコンヌ』の清澄な美しさ。ドリアン・モードを用いた、この透明な、宝石のような作品に感動した私は、もっと深く彼の作品について知りたい、彼の美しいピアノ曲をもっと広めたい、と思うようになっていった。

デンマーク行きを決めたのは、今から4年前である。学校を調べてみたところ、中に『カール・ニールセン音楽院』というのがある。「これだ!」と思い、大急ぎで問い合わせ、入学試験を受けに行くことになった。学校所在地はデンマークのほぼ中央にあたる、フュン島のオーデンセ。フュン島はニールセンの出身地、そして、オーデンセは世界で知らぬ者はいない作家、アンデルセンの生まれ故郷である。

1996年3月、私は初めてデンマークの地を踏んだ。学校についても先生についても何も知らなかった。知り合いはひとりもいない。文字通り、自分だけが頼りである。無謀と言えば無謀だが、その緊張感が、妙に心地よかったのを憶えている。

デンマークでは、5つの主要都市にそれぞれ国立の音楽院が置かれている(オーケストラも同様である)。授業料はすべて無料、社会制度の行き届いた北欧の国々では、貧富の差なく、すべての人にチャンスがある。学生にはSUと呼ばれる日本円で6万円くらいの補助金が月々支給され、他の奨学金も数、質ともに充実している。野心に満ちた若者にとっては、最高の環境であろう。

無事試験に合格した私は、5年間のディプロマ・クラスの最終学年で、1年間学ぶことになった。
オーデンセ、アンデルセン庭園。右手に立っているのがアンデルセンの像

オーデンセ、アンデルセン庭園。右手に立っているのがアンデルセンの像。



カール・ニールセン音楽院


<カール・ニールセン音楽院>は、ニールセンの熱烈な推薦により1929年創立された、生徒数約150名、教師数約100名の小さな学校だ。この名称は英語による<またの名>で、国内では『フュン音楽院』と呼ばれる。レンガ造りにオレンジ屋根の外観は、とても学校とは思えないほどかわいらしい。入学試験の時など、私はこれが学校であるとは気づかず、通りすぎてしまったくらいだ。

だが、中身の方は、そのこぢんまりとした見かけを裏切る充実ぶりで、コンテンポラリー、アーリー・ミュージックを含むクラシック部門の他、ジャズ・ロック、フォークミュージック、音楽指導一般の各科がある。クラスは4年間の音楽教師クラス、5年間のディプロマ・クラス、ミュージック・パフォーマーライン、そしてそれらすべてのクラスの上に、2年間のソリスト・クラスが置かれている。

設備のほうも、校内にあるオーデンセ大学所属の図書館は、「これが図書館?」というくらい小さな部屋なのだが、地下に眠るその厖大な本、楽譜コレクションは目をみはるものがあるし、最新鋭のコンピューター室も自由に使える。学校は夜の12時まで開放されており、どの部屋でも練習することができる(ホールも、である)。以前は24時間オープンだったのが、そのうち学校に住みはじめた人がいたため(キッチンもシャワーもソファつきTVルームもあるので、充分可能である。学校のドアはカード式の鍵で開け、出るときは自動ロックなので、不審人物が入りこんでくる心配はまずない)、今では12時になるとガードマンがやって来て、戸締り消灯のうえ、アラームまでかけるようになったという。──なんにしても12時まで弾けるというのは、夜型の私にとっては非常にありがたいことだ。

そして、忘れてならないのがコンサートホールに安置された、国内随一との噂も高い、スタインウェイ・ピアノである。入学試験で初めてこの楽器に触れたとき、私はその音色の、あまりにも澄んだ美しさに感動してしまった。「自分はこんなにうまかったのか!」と勘違いしたくもなるような、すばらしい楽器である。コンサートのため訪れた外国人ピアニストからも「これほどすばらしいスタインウェイは弾いたことがない」と絶賛されることしばしで、ソロ、室内楽を問わず、数々の名レコーディングに貢献している。

そのピアノが──ホールが空いているときはいつでも、誰でも、自由に弾けるのである。普段使わないときは鍵がかけられているが、鍵のかかったピアノを開けることくらいは簡単だ。もちろん、オフィスで、前もって鍵を借りておくこともできる。

そんな環境のなか、1年間、私はピアノを弾きまくった。かつて、これほどピアノを弾いたことがあっただろうかというくらい弾きに弾いた。メインはニールセンのピアノ曲全曲。その他にもアブラハムセン、ルーダース、ノアゴー等、現在活躍中のデンマーク人作曲家作品はむろん、バッハもベートーヴェンもショパンも弾いた。歌の伴奏や、オーケストラの中でも演奏した。もう、脳ミソがピアノの形になるくらい弾いた!!

そのうえ、嵐のように襲いかかる室内楽プロジェクト──。毎週のようにコンサート、コンサート、コンサート──ピアノを弾いたり、チェンバロを弾いたり、ピアノの中や外を叩いたり、弦をひっかいたり──。

そうこうするうちに、いよいよ1年間の総まとめ、卒業試験はすぐそこに迫っていた。
オーデンセの市庁舎

オーデンセの市庁舎。




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